グスクと祈りの聖地『沖縄・琉球王国』を旅する

グスクと祈りの聖地『沖縄・琉球王国』を旅する

ライトアップされた幻想的な首里城正殿。
実施日/毎日※機器整備・点検のため点灯しない日もあり
時間/日没~24時00分まで
場所/城郭及び外観施設 ※閉園後は城内には入園不可

沖縄といえば、日本のみならず世界中が憧れるビーチリゾートの島だ。しかしその本当の魅力は、色鮮やかな自然と琉球の時間が一体となった美しさにある。グスクと祈りの地である御嶽(うたき)。そしてそれらを包み込む自然との眩いばかりのコントラストに神々しいばかりの美を感じる。今年は少しアーティステックでアカデミックな沖縄を旅したい。

朱く美しき宮殿、首里城。

那覇市の小高い丘の上に建つ首里城は、日本で唯一の朱色の城である。ほかでは見ることのない曲線の城壁で取り囲まれ、多くの施設といくつもの広場を持ち、信仰上の聖地=御嶽(うたき)も存在する。首里城は沖縄の歴史・文化を語り伝える城であり、琉球王国の歴史そのものである。

琉球王国は1429年、尚巴志王により建国され450年の長きにわたり繁栄した。その後明治12年(1879)に沖縄県となり、その歴史の幕を閉じた。その後、日本軍の駐屯地となった首里城は、1945年の太平洋戦争・沖縄戦で、その朱き美しい城は灰燼に帰した。

現在の首里城が復元されたのは平成4年。沖縄の本土復帰20周年を記念してのこと。また、中国と日本の築城文化が融合し、独特の建築様式や石組み技術が歴史的な価値があるとされ、2000年に世界遺産として登録された。ちなみに世界遺産に登録されたのは復元された城ではなく、現在の首里城の地下に眠る城跡である。

首里城は琉球国王とその家族が居住する「王宮」であると同時に、「首里王府」の行政機関本部でもあった。威風堂々とした正殿は、中国の王宮を思わせる佇まいと日本の建築様式を基本にした琉球独特の意匠で、正面の石階段の両脇の他、多くの龍の彫刻が施されている。

正殿内部はさらに朱色が際立ち、1階は「下庫理(しちゃぐい)」と呼ばれ、主に国王自ら政治や儀式を執り行う場であった。2階は、王妃や身分の高い女官たちが使用した空間であり「大庫理(うふぐい)」と呼ばれ、絢爛豪華な「御差床(うさすか)」は国王の玉座として様々な儀式や祝宴が行われたところである。 

首里城には沢山の龍がちりばめられています。琉球の龍の爪は4本で中国の皇帝は5本。それぞれに理由がある。

琉球の龍

首里城 正殿

正殿は琉球王国最大の木造建造物で、琉球王国を支配する象徴として最も重要な建物であった。正殿内には33匹の龍がいるという。これら龍が多く装飾に使われているのも中国の影響だと考えられている。

龍樋

龍樋は、龍の口から湧水が湧き出していることから名付けられ、枯れることがなかったという。王宮の飲料水として使われ、龍の彫刻は約500年前に中国からもたらされたもの。

守礼門

守礼門

2000円札の絵柄にもなっている有名な守礼門。中国風の牌楼という形式で建てられ、扁額に書かれた「守礼之邦」とは琉球は礼節を重んずる国であるという意味を表している。

瑞泉門

瑞泉門

瑞泉とは、立派なめでたい泉という意味で、門の手前には龍樋と呼ばれる湧水がある。門にいたる階段も緩やかなカーブを描き、来訪者を温かく受け入れる。

歓会門とシーサー

歓会門とシーサー

首里城の内へ入る正門で、歓会とは歓迎するという意味。一対のシーサーが魔除けの意味で置かれている。曲線を描いた石垣が優しくも美しい。

歓会門とシーサー
奉神門

奉神門

神を敬う門という意味で、別名君誇御門(きみほこりうじょう)ともいう。3つの開口部のうち中央が身分の高い人だけが通れる門だった。現在はこの先が有料区域で、改札口となっている。

正殿

正殿

奉神門を抜けると目の前に広がる御庭(うなー)。その正面に朱い正殿が建つ。内部2階には国王が座る玉座、御差床(うさすか)があり、寺院の須弥壇と同様に黒漆や沈金が施されている。

正殿

琉球王国 基礎知識

首里城 周辺地図

玉陵

玉陵

琉球王国、第二尚氏王統の歴代国王が葬られている陵墓。元々は第3代尚真(しょうしん)王が父、尚円(しょうえん)王を葬るために建築したものといわれている。中室、東室、西室の3つの建物に分かれ、中室は葬儀の後、遺骸が骨になるまで安置していた場所。数年後に取り出して洗骨し骨壺に納め、王及びその妃の骨は東室に、他の王族は西室に納められた。

①石壁で隔てられた外庭から見る玉陵。②立ち並ぶ3室前の中庭には、珊瑚の破片が敷き詰められている。骨し骨壺に納め、王及びその妃の骨は東室に、他の王族は西室に納められた。

那覇市首里金城町1丁目3

098-885-2861

玉陵

第一尚氏と第二尚氏

14世紀の琉球は三山時代と呼ばれ、南部の南山、中部の中山、北部の北山とそれぞれ地域で強力な王が統治していた。中山の高官であった尚巴志(しょうはし)が1405年に中山国、1416年には北山国を討伐し1429年に南山国を征服し沖縄本島を初めて統一。その後1469年に第7代尚徳(しょうとく)王が薨去(こうきょ)すると、これまた高官であった金丸(後の尚円王)のクーデターにより第一尚氏は滅亡。以降1879年まで第二尚氏が琉球王国を治めた。最後の琉球国王は第19代尚泰(しょうたい)王。

識名園

識名園

首里城からそう離れていない場所に設けられた琉球王家の別邸。王家の保養や、中国からの冊封使の歓待するために作られた「迎賓館」だ。庭園は趣向が凝らされ、日本庭園の様式を基本に設計されている池泉回遊式庭園は、台地上にあるにもかかわらず池の水は絶えず入れ代わり美しい。半年にも及ぶ長い滞在を強いられた冊封使たちは、故郷を思い出しながらこの池の水を眺めていたのだろうか?

  • 那覇市真地421-7
  • 098-917-3501
  • (那覇市市民文化部文化財課)

御開門 ウケージョ

御開門式/銅鑼(どら)

御開門式/銅鑼(どら)の合図と御開門(うけーじょー)の発声で開門し、来場者を首里城正殿へと誘う。朝だけの特別なひと時を楽しみたい。
実施日/休館日を除く毎日
※荒天時は中止の場合あり。
時間/8時25分~8時45分

園比屋武御嶽石門

園比屋武御嶽石門

1519年、第二尚氏王統第3代王の尚真のときに造られた御嶽で、守礼門と歓会門との間にその礼拝所である園比屋武御嶽石門が位置する。国王が各地を巡航する旅に出る際必ず拝礼した場所であり、いわば国家の聖地だった。1933年に旧国宝に指定されるが、戦禍によって荒廃し、その後1957年に復元。その後も修復作業が行われ、現代に至る。

御城

御城

ウグシク(御城)もしくはグスク(城)とは、沖縄周辺の地域で多数存在する古代の遺跡。本土でいうところの「城」である。しかし単に軍事拠点として作られたものとは考えられていない。グスクはもともと沖縄の信仰の聖地御嶽であったと考える聖域説や、集落として発生し、周辺を石垣で囲ったものとする集落説。地域の有力者の居城として構築されたとする城館説などがある。

御嶽

御嶽

御嶽(うたき)とは、琉球の信仰における祭祀などを行う施設で、最も格式が高く有名なのは斎場御嶽(せーふぁうたき)。琉球の神話の神が宿り、祖先神を祀る場であり、王国時代は男子禁制だった。多くのグスクには御嶽がある。

写真の御嶽は中城城跡にある南の郭にある雨乞いの御嶽。

冊封の再現ジオラマ

冊封使と琉球王国

冊封使(さっぽうし)とは、中国王朝の皇帝が付庸国(ふようこく)の国王に爵号を授けるために派遣する使節をいう。琉球にはじめて冊封使が訪れたのは14〜15世紀の頃。それ以後、琉球王国最後の王・尚泰(しょうたい)まで、およそ500年ものあいだ制度は継続した。冊封使の一行は総勢400人にもおよび、行事のためだけでなく風向き等の諸事情ですぐには中国に帰国できず、琉球に半年程度滞在したといわれる。

冊封儀式 琉球王朝絵巻行列

①首里城内に展示されている冊封の再現ジオラマ。 ②(冊封儀式)③(琉球王朝絵巻行列)毎年10〜11月頃に行なわれる首里城祭。伝統芸能の宴、冊封使行列・冊封儀式は首里城公園にて行い、豪華絢爛な絵巻行列を那覇市国際通りにて行っている。

石垣の曲線が珍しくも美しい世界遺産のグスクを尋ねる

グスクとは古琉球時代の遺跡のことで、一般的には城を意味する。本土において石垣を持つ城が造られ始めたのは16~17世紀だが、琉球でグスクが誕生し始めたのは12世紀頃といわれ、数百年も早い。そこには、早くから琉球が中国や東南アジアと接点を持ち、交流の中から石文化の影響を受けたとも考えられる。またグスクは単なる軍事拠点としての城だけではなく、信仰の聖地である御嶽や集落であったとも考えられているが定かではない。

青空に映えるグスクは、本土の城や城壁と全く異なった印象を与える。通常、本土の城壁は迷路のように直角に折れ曲がっているが、グスクは地形に沿うように曲がり、万里の長城や中世ヨーロッパの城郭を思わせる。それは人工物でありながら、まるで天空でうごめく龍のように、または海の波の動きのように、艶かしい美しい曲線を描く。しかしグスクの城壁が曲線を描いている理由ははっきりと分かっていないという。さらに城壁をよく見ると、面と面の合わさる部分の頂点が尖っているのが見て取れる。これは〝隅がしら〟と呼ばれる意匠であるが、これも何を意味しているのかは明らかではないらしい。しかしこの〝隅がしら〟があることで、曲線が強調され更に美しく見えるのは間違いない。

開放感溢れる沖縄の気候。暖かいが故の裕福さ。琉球に住む人々の穏やかさ。琉球に住む人々の自然に逆らわない美意識を感じる旅にでかけよう。

グスク

丸で囲んだ部分が〝隅がしら〟。天を指すかのよう鋭角に反り上がっている。この部品があることで、曲線を描く面と面が自然と結合され強調されているように見える。

今帰仁城跡

現存するグスクでは年代が古く、敷地も最大、沖縄で最も北にある世界遺産。

三山時代の北山王の居城で、現存する城跡では年代が古く、敷地も最大規模。琉球王国統一以前の14世紀頃の築城といわれる。万里の長城を思わせる長い城壁が特徴で、本丸跡から美しい曲線を描いた城跡の向こうに東シナ海を一望できる。

今帰仁城跡
  • 国頭郡今帰仁村今泊5101
  • 8:00~18:00
  • 年中無休
  • 0980-56-4400
  • 大人400円

勝連城跡

自然の断崖を利用した難攻不落の城で、優雅な曲線は女性的な美しさを感じさせる

15世紀、海外貿易により勝連に繁栄をもたらした阿麻和利が居城したとして有名な勝連城。その佇まいは非常に美しい。自然の断崖を利用した難攻不落の城だが、その城壁の曲線は優雅で女性的。頂上から眺める青い海は、沖縄有数の景勝地。

勝連城跡
  • うるま市勝連南風原3908
  • 見学自由・
  • 無料
  • 098-978-7373

中城城跡

日本に開国を迫ったペリー提督も、その建築土木技術水準の高さに驚嘆した

創始は明らかではないが、14世紀後半頃から始まり、15世紀には完成したと考えれている。また戦争の被害が少なく、オリジナルの石積みが良好に残されたグスクである。ペリー提督が沖縄を訪れ、建築土木技術水準の高さに驚嘆し、詳細な報告文を書いた。

中城城跡
  • 中頭郡北中城村字大城503
  • 8:30~17:00(5月~9月は18:00まで)
  • 年中無休
  • 098-935-5719
  • 大人400円

座喜味城跡

築城家として名高い護佐丸が築き上げた見事な曲線と先進的な建築技術が美しいグスク。

築城の名人で名将として名高い護佐丸(ごさまる)により築かれた軍事要塞。標高125mの丘の上に築かれ、晴れた日には慶良間諸島も眺めることができる。グスクは曲がりくねった二つの外郭と内郭からなり、石垣の曲線やアーチ門の美しさが見事だ。

座喜味城跡
  • 中頭郡読谷村座喜味708−61
  • 年中無休
  • 098-958-3141
  • 無料

ニライカナイ橋

どこまでも続くかのようなエメラルドグリーンの海は、まばゆいばかりの日差しを浴びてさらに美しく輝く。沖縄の海は、日本だけでなく世界でも有数の美しさを誇り、年間約800万人の観光客が沖縄に訪れる。

海の楽しみ方は海水浴やダイビングだけではない。グスクなどの史跡巡りの間に〝美ら海〟を目で堪能し、疲れた心をリセットしたい。そのためにはレンタカーでの観光が効率的でおすすめだ。


那覇空港からおよそ40分。斎場御嶽に向かう途中の展望所からの絶景は必見。大きくカーブしたニライ・カナイ橋と雄大な東シナ海のコントラストが感動的だ。〝ニライカナイ〟とは、遥か遠い海の彼方にあるとされる理想郷で、神々の住む世界。この景色を見ると、そんな理想郷の存在を信じた人々の気持ちも理解できる。

もうひとつの絶景は、うるま市の海の上に造られた全長約5㎞に及ぶ海中道路だ。海中道路といっても、海の中を通るトンネルではない。両側には遠浅の海が広がり、砂浜や海では海水浴やマリンスポーツを楽しめる。車で渡っているとまるで海の上を飛んでいるようで、その爽快感は、他ではなかなか味わえない。

信仰と楽しさに満ちた沖縄の美ら海。是非とも満喫したい。

海中道路

玉泉洞

①トンネルの上の展望所は絶景ポイント。正確にはニライ橋とカナイ橋という二つの橋。
DATA / 国道331号線
②本島から浜比嘉島、平安座島、宮城島、伊計島へアクセスする道路で全長約5キロ。途中には海の駅あやはし館があり、沖縄の特産品などの販売や食事をとることができる。
DATA / うるま市与那城屋慶名~平安座島
③約30万年という気の遠くなるような自然の営みが創り上げた鍾乳洞。その全長はなんと約5キロで国内最大級。現在は約890メートルが公開されている。
DATA / 南城市玉城前川1336

  • 9:00~18:00
  • 年中無休
  • 098-949-7421
  • 大人1,650円
  • (玉泉洞・王国村・ハブ博物館フリーパス)

斎場御嶽

御嶽とは、南西諸島に広く分布している〝聖地〟を意味し、斎場御嶽は琉球開びゃく伝説にもあらわれる、琉球王国最高の聖地といわれている。御嶽の中には、いくつかの神域があり、二枚の巨岩がもたれ合う三庫理(サングーイ)は最も有名な聖域。隙間を抜けると海が見え、その向こうには神の島といわれる久高島を拝むことができる。
※※斎場御嶽は聖地としての静寂さを確保し、自然保護の観点から毎年2回旧暦5月1日~3日、旧暦10月1日~3日が休息日となっている。
DATA / 南城市知念字久手堅270-1

  • 9:00~18:00(最終入館17:30)
  • 098-949-1899
  • 大人300円
斎場御嶽
斎場御嶽

海中道路の横は透明度の高い金武湾(きんわん)。少しだけでの車から降りて美ら海と戯れたい。

斎場御嶽

琉球王国

今に伝わる琉球王朝の伝統美

蒼い海と青い空。明るい陽射しに輝く草木の緑とグスクのコントラスト。そして気品に満ちた朱色の首里城。沖縄はいたるところが信仰の聖地であり、島全体が鮮やかな色に満ちたアートな王国である。

アクティブに島内観光を楽しんだらクールダウンのためにも涼しい美術館で琉球王朝の伝統美を鑑賞しよう。おすすめは国際通りに面している那覇市歴史博物館。常設展示室では「都市の歴史」をテーマに首里・那覇の士族文化を紹介。そして特別展示室では国宝「琉球国王尚家関係資料」を中心に王国時代の美術工芸品や文書・記録類を展示。美術工芸品には尚王家に伝わった王冠をはじめ、中国皇帝から贈られた国王の衣裳や華やかな紅型・絣の衣裳や琉球漆器などがあり、王国の栄華を垣間見ることができる。これら貴重な宝物は、華族となった最後の国王尚泰とともに東京に移っていたため、太平洋戦争における沖縄戦での焼失を免れた奇跡の品々である。

沖縄の伝統は一時全てを失ったといえる。しかし紅型や琉球漆器、焼き物であるやちむんなど伝統の文化は、芸術家たちの力で蘇り、古くて新しい文化として現代に息づいている。

黄色地鳳凰蝙蝠宝尽青海立波文様紅型綾袷衣裳

黄色地鳳凰蝙蝠宝尽青海立波文様紅型綾袷衣裳

肩と背に鳳凰と瑞雲や、蝙蝠や竹・丁字など中国の吉祥文様が散らされた紅型衣裳。格式の高い公的な場面で着用されたものとされる。

朱漆巴紋牡丹沈金馬上盃

朱漆巴紋牡丹沈金馬上盃

朱漆に沈金がほどこされた尚家伝来の酒器で、馬上杯と呼ばれる。中央部には王家の家紋〝左三ツ巴〟がほどこされている。

赤地龍瑞雲嶮山文様繻珍唐衣裳

赤地龍瑞雲嶮山文様繻珍唐衣裳

琉球国王の礼服で、玉冠とともに、冊封などの重要な国内儀礼の際に着用された。中国皇帝から賜った反物が使用されている。

赤地龍瑞雲嶮山文様繻珍唐衣裳

赤地龍瑞雲嶮山文様繻珍唐衣裳

白地の絹に、麻の葉模様の霞から枝垂れ落ちる牡丹と尾長鳥などを染めた紅型衣裳。表と裏の両面の同じ位置に柄が配置されるように染める「両面染」という難しい技法で染められている。

  • 那覇市歴史博物館
  • 那覇市久茂地1丁目1番1号パレットくもじ4階
  • 午前10時~午後7時
  • 木曜
  • 一般350円
  • 098-869-5266

黒漆雲龍螺鈿東道盆

黒漆雲龍螺鈿東道盆

黒漆塗りに螺鈿で龍の文様が施された東道盆。沖縄の気候は漆器を作るのに非常に優れている環境といわれている。同様の品は中国皇帝へも献上された。

色絵紅葉文風炉

肩に透かし彫りをした壺屋焼の風炉。化粧土を必要としない良質の白色陶土を用い、樹木などが鮮やかに描がいた、上焼の中でも数例しか確認されていない最上級の作品の一つ。

色絵紅葉文風炉

冊封や正月儀式など国の重要な儀式の際に用いられた玉冠。世界で唯一現存する琉球国王の玉冠であるため、保護のため常設はされていない。

沖縄残波岬ロイヤルホテル広域地図

首里城の遺構

首里城正殿の1階の床に設けられた覗き窓からは、首里城の本来の遺構を見ることができる。ここに見える石積みが世界遺産に登録されている遺構である。

斎場御嶽から眺める久高島

斎場御嶽から眺める久高島。 神に見守られ、神と共に存在するニライカナイに一番近い神の島。琉球開闢の祖、〝アマミキヨ〟が天から舞い降り、ここから国づくりを始めたという琉球の聖地だ。

首里城公園イベント情報

  • 通年

    鎖之間体験

    鎖之間では琉球王国時代の伝統菓子やお茶を味わうことができる体験を実施。どうぞ往時の雰囲気をお楽しみ下さい。
    参加費/310円(さんぴん茶と4種類のお菓子)
    場所/鎖之間(有料区域)

    鎖之間体験

    いただける御菓子は花ぼうる、くんぺん、ちいるんこう、ちんすこうの4種類。
    混雑時にはお待ちいただく事もありますのでご了承下さい。

  • 通年

    三線体験会

    琉球の伝統楽器である三線を気軽に楽しく体験できる。

    • 実施日時/毎週土・日曜日及び祝日
    • (首里城祭・新春の宴を除く)
    • ※先着5名様/
    • 予約不可/対象年齢13歳以上
    • 【1回目】11時40分~
    • 【2回目】14時40分~
    • ※各回30分程度
    • 場所/系図座・用物座(無料区域)
    三線体験会
  • 舞への誘い

    舞への誘い

    琉球王国時代に首里城で育まれた琉球舞踊の魅力を存分に堪能できるイベント。華やかな衣裳の「四つ竹」、優美な舞の「かせかけ」など無料で観覧できる。

    • 実施日時/1日3回、毎週4日(水・金・土・日)及び祝日開催(各回30分程度)
    • ※荒天時等は中止
    • 【1回目】11時00分~
    • 【2回目】14時00分~
    • 【3回目】16時00分~
    • 場所/系図座・用物座(無料区域)
    舞への誘い
  • 3月18日(土)・19日(日)・20日(月)

    日影台(日時計)解説会

    琉球王国 時代、首里城で正午及びその前後の時刻を計ったと言われている日影台(日時計)の解説会。
    開始時間/12時30分~(30分程度)
    参加費/無料 場所/日影台

  • ※掲載の情報は変更になる場合がございますので、お出掛けの前には最新情報をお問い合わせください。
    http://oki-park.jp/shurijo/event/

おすすめ、首里歩き

  • 金城町石畳道

    沖縄県指定史跡で日本の道100選のひとつである金城町石畳道

  • 真玉道から金城町石畳道をあるく

    真珠道(マダマミチ)は首里城と那覇港方面を結ぶ主要な道路のひとつ。真玉道の先には王家の別邸にあたる「識名園」があり、王国時代は国王行幸の道路としても利用されていた。
    島添坂(シマシービラ)を下って金城町大通りを渡ると、そこは有名な金城町石畳道。NHKドラマ「ちゅらさん」の撮影地になり、沿道の民家が主人公の自宅外観として使われた。
    首里金城町は蔦の生えた石垣や赤瓦の民家など王国時代の面影を残しており、周辺には御嶽や井戸(ガー)など、たくさんの史跡を見ることができる。

  • おすすめ、首里歩き
アクセス 車で行く各地への時間
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